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最高裁判所第二小法廷 昭和25年(れ)97号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

被告人小林時弁護人村上信金の上告趣意第二点について。

原判決が、その事実認定の証拠として、本件発生当時烏山警察署の司法主任としてその捜査に当った渡辺一三に対する原審における証人訊問調書中の同人の供述記載を挙示していることは、所論のとおりである。

ところで、原判決は右供述を証拠として挙示するにあたり「その隙に小林は相手に痛いめをあわせ品物を取って逃げてしまおうと考え持っていたヒ首で肩に斬付けたが相手は騒いで逃げた小林も下の方に逃げたが人が来たので引返し自転車につけてあった品物をとって逃げたという様にいっており」との供述に引続いて、「品物を強奪すべくやったというように印象に残っている」との供述を附加しているので、右原判決引用の供述記載を一見すると、同証人は被告人が警察において本件強盗の犯意を自白した結果、該自白に基いて本件事案は強盗なりとの印象を得たものの如く、原審において供述したものであり、原判決も亦かかる趣旨の供述として之を証拠としたものの如く認められる。

ところが記録について、前記訊問調書を調べて見ると原判決摘録の犯意を自白したという部分の末尾の方は小林が「品物をとって逃げたと言う様に申していたと記憶します」となっており、しかも該供述部分の直前(記録五二一丁裏以下)には、原判決も挙示するように「小林は被害者を見かけ品物が欲しいと思ったので話しかけ自分の家に行ってくれれば全部買うといって連立って来たがその間自分の家ではいい暮しをしている様な自慢話をしたが家に連れて行くとばれるので離れて逃げてしまおうと考え云々」との供述があり、又その直後(記録二五二丁裏以下)には裁判長から「証人の小林に対する聴取書(同証人が本件捜査の当時作成した聴取書を指す)によると品物を取って逃げるためにやったと言う様になって居ない様だが」と問われ且右聴取書中の該当部分(記録八〇丁裏以下)を読みきかされたのに対し、証人は「その様に申していたと記憶します」と答えて居り、更に「始めから取る気なら同方向に逃げる必要はなかったでしょう私は小林の言う通りに調書をとった様に記憶します」と述べている。そして、右聴取書中には被告人が強盗の犯意を自白したような供述記載は全くない。して見ると、結局、被告人が犯意を自白した様に記憶すると言う証人の原審における供述部分は極めて不確かな記憶の供述であって、しかも、それはその直後に裁判長から聴取書を読みきかされ、前記のとおり訂正したものと認めるのを相当とする。従って、以上の各供述は不可分の供述であるから、訂正前の供述のみを取って証拠とすることはできないばかりでなく、他方において原判決が摘録する「品物を強奪すべくやったというように印象に残っている」との供述部分は、前の供述とは別に、証人訊問の最後において裁判長から「念のため、今一度訊くが、証人が作成した聴取書には品物をとろうとして傷けたと言う様になっていないのだがその点はどうか」と問われたのに対して答えたものであり(記録二五五丁裏)、しかも、該供述に引続いて証人は更に「意見書もその様に扱ったという様に記憶します」と述べているのであるが、同証人の作成した意見書(記録一丁以下)には、その末尾に「強奪したるものなり」との文言が使用されているものの、事実の記載としては単に「買取る意思なく嘘言を弄した事より一撃を加えて逃走せんと・・・・・・所持のヒ首を以て同人の頚部を刺突し」と記載されているに止まり、品物をとらうとして傷付けた旨の記載のないことはまさに所論のとおりである。従って、右「印象に残っている」云々の証人の供述部分は被告人が証人に対してしたという前記自白の供述とは全く関係のない、単なる捜査官の意見の陳述に外ならないこと極めて明かであるから、かかる供述はこれを証拠とすることは到底許されない。蓋し、右は本件強盗の犯意があったか否かと言う事実に関するものでありかくの如き事実は裁判所が適法な証拠に基いて認定すべきものであることは勿論であるからである。

以上の次第であるから、原判決がその事実認定の証拠として原審証人渡辺一三の前記供述を採用したことは違法であり、しかも原判決の証拠説明を通覧するに、右供述は原判決が被告人の本件所為を強盗傷人なりと認定した決定的な証拠の一として之を挙示したものであることを十分に窺えるから、右の違法は判決に影響なしと言うことはできない。従って本点論旨はその理由があり他の論旨につき説明するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よって刑訴施行法二条、旧刑訴四四七条、四四八条の二に従い主文のとおり判決する。

この判決は全裁判官一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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